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本サイト「クリスタルクリア」のブログ。 http://kinsenka.chitosedori.com/
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鮮血視点。
自覚前なので「+」にしました。





 決着後しばらくして、元から皐月名義だった館の別棟に流子が住むようになって2週間が過ぎた。

 『狭苦しいが、お前にはその程度のほうが落ち着くだろう』

 流子に気を遣っているのかそうじゃないのかよくわからない物言いで案内された離れの玄関口。静かに差し出された鍵にはキーホルダー代わりなのか、ベロアの細いリボンが結び付けてあった。
 鬼龍院皐月らしい、と鮮血は思う。リボンの色は皐月を連想する青や白ではなくあか、それも深い紅い色だった。彼女なりに、血の繋がった妹と――流子との距離の取り方について思うところがあるのだろう。それが証拠に、彼女は流子が妹だと発覚して以降、「纏」と呼ぶことをしない。かといっていきなり「流子」とも呼べず、結果として二人称での呼びかけに落ち着いているようだ。
 鮮血が見るに、ゆがんだ家庭のなかに強く剛く育った彼女は「部下」ではない人間との距離の取り方が下手だ。心配することではないとも思うが、少しずつでも距離を縮めることができればいいと思う。こういうことは、「時間が解決してくれる」というやつだろう。
 今日に至ってもリボンは未だほどかれることなく、鍵を飾っている。
 こんな事実を積み重ね、いつか姉妹になることができればよいのだろう。
 自分の相棒、唯一無二の存在である流子にしたってこれまで家族には恵まれなかった。満艦飾家に居候していた時期に多少のぬくもりを覚えたことだろうが、外から見る家族と自身の家族とはまた別のコミュニティだ。皐月との関係性については、勝手がわからないことだろう。流子は相変わらず「皐月」呼びなのだが、そのうち「姉さん」「姉貴」などと呼ぶ日が来るのだろうか、という考えに至り、鮮血は内心笑った。
 幸せになってくれればよい、と思う。心から。
 もうこの先「人衣一体」を行うことはないのだろうが、あってほしくもないのだが、兎に角流子は鮮血にとって最初で最後の、己を「着てほしい」とこいねがう存在だ。
 だから、

 「…っ」

 閉じていた視界を開放すると、部屋の中の様子と共に時刻が確認できた。
 深夜1時すぎ。
 部屋は未だ生活感がなく、家具はもともと備え付けられていたベッドに小さなチェスト、窓際に椅子と机のみだ。その寝台の上で流子が布団を被りうずくまっている。
 簡素な部屋に持ち込まれた流子の少ない私物は、そのほとんどがいまだ鞄に乱雑に突っ込まれたままである。学校も未だ崩壊した状態であること、体調が本調子ではないことを理由に、流子は食事を除いて部屋の外に殆ど出ていなかった。この部屋を使うようになって以来、流子は基本的にはベッドの住人で昏昏と眠り続けている。何かから逃れるように、兎に角眠っている。
 マコ以外には時折美木杉が様子を見になのか部屋へ不法侵入してくるが、親友とは異なり起きている流子とはいまだ一度も遭遇していない。
 現在この館の一角を住居としている満艦飾家の娘が「流子ちゃん!一緒に寝よう!」と飛び込んでくる時間帯はとうに過ぎており、今日はひとりで夢の世界に旅立っている日のようだ。

 「ぅ、……」

 漏れてくる声は、殺しても殺しても隠し切れない嗚咽だ。
 流子は、鮮血にすら涙を見せたがらない。

 「流子」

 鮮血が呼ぶと、流子の声が止まる。息まで止めているのではなかろうな、と鮮血は内心嘆息し、再び「流子」と呼んだ。

 「ひとりで泣くな、流子」

 掛けられていたハンガーから脱出し、ひょこりひょこりと寝台に近づく。
 
 「…せん、け、…」
 
 マコが訪れる夜を除き、深夜帯になると、流子は布団を殻のようにして自身の身体を抱きしめ、泣く。流子の声の殺しかたは、まるで嗚咽と共に、流子のなかの何かを殺そうとしているような印象を鮮血に抱かせていた。
 見ない、聞かないふりなどできなかった。仮に、流子の涙の理由が自分という存在が原因だとしても。

 ――人衣一体を重ねたために…

 医師の話を聞いても、近寄るなと、お前などもう着ないと、流子は言わなかった。

 ――存在は、「人間」に変わりありません。ただ、そのメカニズムは…

 帰ろう鮮血と言われた。
 だったら、離れる理由がないのだ。

 ――所謂、「人間」とは生命力が違います。おそらく、あなたに流れる時間は、「人間」を離れてしまっている…

 彼女が人間でなくなってしまおうと、鮮血にとっては、流子が自身のすべてであり、自身であり、唯一無二なのだ。

 流子の身体の変化について明確な結果が出たとき、一緒にいたのは美木杉と皐月だった。診察室を出て、ぽつりと「帰ろう、鮮血」と呟き歩き出した流子を「流子君」と呼んだ美木杉は、それよりも先に、カツカツと歩き出し腕をつかんだ皐月の様子に動きを止めた。
 流子は皐月の目を見なかったから気づかなかっただろう。
 皐月がどんな顔をして、流子を見ていたのか。
 絞り出された言葉は、「来い」だった。連れていかれた先が、今住んでいる別棟だ。
 
 『どうせ先の戦闘で満艦飾の家はつぶれているだろう。私の家の離れに住め。ついでに満艦飾家も引っ越してきたらいい』

 ややあって、流子がこくりと頷いた理由を、鮮血は未だ聞いていなかった。

 皐月が流子をつかまなかったらどうなっていたか。
 そこで思考を切り替え、鮮血がスルリと布団にもぐりこむと、涙やら何やらで顔がぐちゃぐちゃになった流子がいた。自身の視界に明暗が関係ないことに、鮮血は感謝する。繊維のおかげで、手に取るように流子がわかる。

 刻まれる鼓動も、流れる血潮の温度も、すべてがひとしく、そしていとしい。

 「流子」
 「せんけ、つ、…っ」

 抱きしめてくれ、と鮮血が流子に言うと、流子は鮮血の布の身体を抱きしめた。
 流子にとってみれば、まるで自分で自分を抱きしめているような状態であるのに変わりはなくとも、今鮮血ができることはこの願いを口にすることだけだ。人同士のような――マコのようなぬくもりも安心感も与えることはできないが、それでも、込められた力の強さが、流子が自身を閉じ込めようとしているのではなく、自身に対する負荷であることは、大いなる違いだろう。

 「流子」
 「うん」
 「ひとりじゃないぞ、流子」
 「ん、…っ」
 「大丈夫だ。わたしがいるだろう?」

 同じ強さで抱きしめ返すことができない代わり、絶えず声を掛ける。あの研究者と犬牟田に頼んであることが早期実現してくれることを祈るばかりだが、それまでは、なんとか流子に我慢してほしい。
 そうすれば、いつだって自分は流子をひとりにしないで済むはずだから。

 しばらくして、次第に落ち着いてきた嗚咽と引き換えに、眠気が流子を包み始めた様子に鮮血は苦笑した。

 「流子、目を冷やさなくていいか?」
 「ん、」
 「そうか。では、眠ることとしよう。流子、聞こえるか。わたしのなかをめぐる戦維と、お前の鼓動は、おなじなんだぞ」
 「…うん…」
 「ほら、眠るといい。私もこのまま、お前と一緒に眠ることとしよう」

 ずっと、そばにいる。
 誰よりも、何よりも。
 
 自分の存在は彼女を文字通り包み込むことができる、着られることのできる身であるにも関わらず、マコのように流子に対して落ち着きをストレートに与えることのできるものではないことがもどかしい。
 戦う力も、人間じゃない身体までも与えておいて、その細い体に澱のように溜まった歪みたちを、鮮血はそれごと流子を「抱きしめる」ことはできないのだ。
 
 流子の呼吸が穏やかなものに変わったのを確認し、鮮血は目を閉じた。

 どうして泣きたいときに自分を呼ばないのか。どうして布団を被るのか。日中、目覚めた流子に聞いてみたい衝動に駆られたことは何度もあるが、結局その質問は胸の内にしまいこみ、鮮血はただ流子と何気ない言葉を交わす。
 待っている。流子をではない。可能性をだ。自身が、流子を守る「力」になるのではなく、自身が流子を「守る力」になる可能性。

 人衣一体により、流子と鮮血はふつうの人間ではありえない深い深いつながりを得たはずなのに、それでも彼女については本当にわからないことばかりだ。
 当初は面白いと思ったりもしていたが、今に至ってはとんでもない。焦りにも似たこの感情は何なのだろうか。

 流子、おまえは、私の唯一無二なんだ。
 
 いとしい、いとしい。
 こんな感情を抱くなんて、知らなかった。
 どうしたらお前の涙を止め、またはぬぐい、安らかな眠りを守ることができるのだろう。

いとしい、いとしいというこころ
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